Emi Evans(エミ・エヴァンス)さんは、今日様々な国際的プロジェクトに参加し活躍する音楽家・歌手である。数多くのTVCMのほか、世界的に人気を博するゲーム『NieR』シリーズや『DARK SOULS』、スター・ウォーズ最新作の『Star Wars:Visions』、現在放送中のNHK連続ドラマ『ちむどんどん』など、国内外の多種多様な作品に参加してきた。
今回のインタビューでは、英日ハーフである彼女から、文化・言語・風景などを切り口として、その独創的な表現手法とその制作秘話、歌に込められた想いを聞き、また彼女自身の原体験と未来について語ってもらった。
「録音が終わったら本当に旅から、いい旅から帰ってきたみたいな気持ちになりますね」
――現実と架空の、過去と未来の、ローカルとグローバルのさまざまな世界観を表現してきた彼女のクリエイションを、その半生とともに紐解いていく。
伊藤 エミさんがゲーム音楽などで様々な言語で音楽を作るときは、その雰囲気や世界観を表現するために、どこか行ったことがある場所を参考にしたんですか?
エヴァンス それが、全然そうでもないんです。もちろん行ったことがある場所もあります。フランスやポルトガルは行ったことがありますし、でも行ったことがない場所の方が多くて。だから、インターネットで見たりしながらイメージをして、そして音だけに集中して聞いて、その音からインスパイアされるという風につくりました。
伊藤 面白いですね。とすると、音が重要ということですよね。言語によって、エミさん自身も感じることが違う?
エヴァンス そうですね。すごい面白いのが、たとえばフランス語を喋っているときや、日本語のとき、英語のとき、それぞれの言語を喋るときに、違う自分を少し出せるんです。脳みその違う所が動きだす。だから、その不思議な言葉を作るときも、意味がなくても、ただ口の中の使い方が違うことによって、また違う脳みそが動き始めて、そこからインスピレーションが本当にいっぱい出てくるんです。
伊藤 言語が、身体動作を通して体に入って、脳を刺激し、そこからインスピレーションが出てくると?
エヴァンス そうなんです。自分で、その言語の話し方を真似しようとすると、すごいインスピレーションになるんですよ。
伊藤 言語の音の特徴が違うと、人格にもなにか影響があるんでしょうか? たとえば、ゲルマン系の言語と、ラテン系の言語で性格が違うとか。
エヴァンス はい。それは、絶対にあります。
伊藤 エミさん自身も、それにハックされる?
エヴァンス そうなんです(笑)。勝手に自分で想像している部分もあるんだけど。やっぱり、たとえば喉の奥の方からカッと出す、うがいのような音とか、ちょっと強いツ(ドイツ語の“z”など)の発音とか、細かい、いろいろな違いがある。強いconsonants(=子音)が多い言葉を使うと、やっぱり強い気持ちになるし、すごい柔らかい音を使う言葉だと落ち着いていく感じがあります。あと、喉の奥を開いて音を出す喋り方の言語だと、すごい切ない感じがして。
伊藤 喉の奥を開いてしゃべる…?
エヴァンス そう。なんていうんでしょう…、開いて、音を出す…。これは説明するのが難しいですね(笑)。
伊藤 いえ、大丈夫ですよ(笑)。
エヴァンス でも、それらの言葉を聞くと、いつも何かを感じるんです。だから、最初の『NieR Replicant』(ニーア・レプリカント)では、岡部さん(※)から「全ての曲を、いろんな実際の国の言葉を基にして作りましょう」と言われましたけど、二つ目の『NieR:Automata』(ニーア・オートマタ)のときには、わりと自由にできたので、曲の音源だけをもらって、私の方から「こういう雰囲気の言葉、国の言葉がいいと思う」と言って、それを調べていくということもできました。たとえば、すごい切ない曲では、その切なさを表現できる、美しい切ない言葉は何だろうと調べたりして。
※ 岡部啓一:作曲家, MONACA代表

『NieR: Orchestra Concert re: 12018』(2020, シカゴ)にて
ステージに立つエミさんと岡部啓一さん

『NieR: Orchestra Concert re: 12018』(2020, バンコク)にて
『NieR』シリーズのディレクション・シナリオ制作を務める横尾太郎さんとエミさん
伊藤 たとえば、その曲では、なんの言語を?
エヴァンス それは、Hebrew(ヘブライ語)ですね。
伊藤 ユダヤの?
エヴァンス そう。いろんなHebrewの歌を聴いて、すごい、もう、ぴったり合っていると思いました。お祈りみたいな感じで。
伊藤 お祈り。Prayingな感じですか?
エヴァンス そう。それがすごい素敵だと思ったから、Hebrewを基にしたんです。
伊藤 言語を通して、それを使っている人たちの暮らしや土地、文化、いろんなものがイメージとして入ってくるような感じなんですかね。
エヴァンス そうです。
伊藤 それでいうと、エミさんは日本語の曲も出されていますが、日本語はどういう印象ですか? ああでも、日本語だともう喋り過ぎてますかね?(笑)
エヴァンス そうですね(笑)。日本語で歌う曲もあります。たとえば、『消滅都市』というゲームの中では、けっこう日本語の歌もありました。でも、しゃべり過ぎているから、あまり想像が自由にはならなくなったかもしれないですね。
伊藤 日本に交換留学生として来たときは20歳と仰ってましたが、そのときは、すでに日本語は喋れるようになっていたんですか?
エヴァンス いえ、喋れなかったですね。大学で日本語専攻はしていたけど、当時は、まだ聞いてても、半分はただの音だけな感じで。
伊藤 そのときの、なにか日本語に対する印象は覚えています?
エヴァンス すごくかわいいと思いました(笑)。日本語を喋ると自分の可愛いところが、いっぱい出せると思って(笑)。
伊藤 ええ、そうなんだ(笑)。
エヴァンス イギリスの英語だとすごくクールな感じ。クールで強い自分を出さないとやられちゃうっていう感じです。「私は強い。私の荷物を盗もうとしない方が良いよ。」みたいな(笑)。賢くて強い感じです。でも、日本に来たら、その言葉の中にやっぱり、日本の文化の中の、みんなの優しさとか、相手を立てる、相手に優しくすることで自分も柔らかくなっていく感じがありますね。音の響きも、すごい可愛かったし(笑)。
伊藤 たしかに、それはあるんですかね。可愛いと言えば、海外から来た友人によく指摘されるのが、オノマトペという表現方法ですね。日本語では、たとえばフワフワとか、ピョンピョンとか、音を言葉にするのが多くてですね(笑)。
エヴァンス はい。それも、すごく好きですね(笑)。
伊藤 ちなみにですが、あれは、かなり歴史が長いみたいですよ。
エヴァンス そうなんですか?
伊藤 一番古くは『古事記』にも登場するとも言いますが、江戸時代の浮世絵にも書かれていますしね。浮世絵では、絵の中に、よくテキストが書かれていて、オノマトペが入っていたりするんですよ。マンガも、日本だとよくいろんな音が文字で書かれますが、ある意味ではもう伝統的な表現方法なんですね。
エヴァンス そうなんですね、面白いですね。
伊藤 すみません、脱線してしまいました。話を戻すと、たとえばある言語からインスピレーションを得るときは、その言語による音楽も参考にするんですか? たとえば、ゲルマンの言語で作るときは、ドイツのゴシックの音楽を採ってきたりとか。
エヴァンス ああ、それは、そうですね。いろんなポップスから、本当にtraditional songs(=伝統的な音楽)まで、なるべく幅広く聴いて、その中から目立っている音、共通する音を引っ張ってきて、繋いでみたりします。あとは、文字を見ないで、耳だけで聞き取った音をターッと書いて、それは大体、A4の紙いっぱいくらい書いてみたりします。そうやって、いろんな曲のいろんな所を聴いて、耳に入ってきた音の組み合わせをいっぱい書いて、その後、実際のメロディーに合わせるときは、もう本当にパズルみたいに、この部分はここがいいかなって。

世界中の言語から引き出された単語や音のメモ
楽曲の雰囲気に合わせて様々な言語の音を抽出し、構築する。写真中のメモだけでもペルシャ語、スウェーデン語、古代ヘブライ語、ラトビア語、ギリシャ語、古代ガリア語、古代アッカド語などが並ぶ。
エヴァンス でも、本当にそのままで使うと本当の言葉になってしまうかもしれないから、文字を入れ替えたり、ちょっと順番を変えたり。
伊藤 なるほど。逆に、誤解を生んでしまうから、アナグラムなどにして?
エヴァンス そうです。だから、母音の一番きれいな音とかは、歌にすると一番きれいな音が出るように少しアレンジをします。そうすると、大体の人が分からない言葉になる。面白いのは、その後にYouTubeでコメントを見たりすると、いろいろな人が「これはHebrewの言葉だ」とか、「これはフランス語だ」と書いていて、それは結構当たっています(笑)。だけど、基にした言語は合っていますけど、どんな言葉か、その意味は全然分からないはずです。それでも、「エミ・エヴァンスはこんなことについて歌っているんじゃないか?」というコメントもありますね。
伊藤 リスナーがコンセプトを読める…というか、考える?
エヴァンス そうなんです。もちろん違うことが多いけど、本当に意味を探そうとすると何かが見つかるかもしれない感じ。たとえば、あるフランス人が、私のフランス語を基にした詩を訳そうとして、そこからすごい不思議な、深くて新しい意味を生んでいて、「これは、こういう意味です。」と書いていました。また、別の人ですけど、曲の歌詞を暗号と信じて、すごい時間をかけて、「エミ・エヴァンスは何を言っているか、やっと分かった」と。「数字で、実はこういうシークレット・ナンバーの暗号ですよ」って、ファンからメールが来て、「エミ・エヴァンスのシークレットがもう分かった。これでしょう。ちょっと不愉快な気持ちにさせてごめんなさい。けど、もう分かったよ。」とか。でも、それはもう、こんなにここまで皆が、そんなに真剣に聴いてくれてるんだなと思って。彼らにとっては、それが本当にそういう意味の音楽になっているだろうし、一人一人にとっていろんな意味が生じるのは音楽の1つの面白さですよね。
伊藤 ゲームをやって、音楽を聴いて、その人の中には、新しい世界が出来上がる。面白いですね。でも、分かるような気もします。たとえば、昔の言語や他言語を聞くとき、多分、僕たちも似たような感覚になっていると思うことがあります。何を言っているか分からないけど、「こういうことを言っているんじゃないか」という感覚はある。エミさんの、その曲の場合は、本当に新しい架空の言葉だから、そういう意味が存在するわけじゃないんだけど、やっぱりそういう、意味の気配を感じるというか。
エヴァンス そうですね。とくに、ゲームと歌の組み合わせの面白いところは、ゲームをやりながら音楽を聴くという中で、そのゲームやっている人は、本当にみんなそれぞれの経験をしているんです。ほとんど自分の現実みたいになるぐらい深くゲームに入っている。そして、何週間もかけて本当にそのゲームの世界に入り込んで、すごくエモーショナルな場面に遭ったとき、そのときに流れる音楽はやっぱりすごく心の奥まで届くんです。だから、その同じ曲を今度はゲームの外で聴きますね。そして、またその感情を思い出して、現実にも影響するんです。とくに意味のない言葉ですから気持ちだけを表現している。だから、プレイヤーは自分の感情を純粋に重ねることができるかもしれませんね。
伊藤 なるほど。
エヴァンス だから、『NieR』のコンサートで、初めて人の前で歌ったときに、たとえば『カイネ』という曲を歌うと、みんな本当に泣くんです。
伊藤 あの曲は、泣く人がたくさんいると思いますよ。

『Press Start 2011』より
『Press Start』(2006年から開催される日本のゲーム音楽のオーケストラ・コンサート)にて、エミさんと岡部啓一さんの2ショット。「初めて『NieR』の楽曲をフルオーケストラで演奏したので、2人とも本当に高揚していました!」とのこと。

『人形達ノ記憶』(2017, 東京)より

『人形達ノ記憶』(2017, 大阪)より
エヴァンス でも、結局、どんな歌でも、みんな泣いたりするから、どうしてそんなに泣いているのか不思議になっていたことがありました。本当に、なんというのか、ちょっとだけの涙じゃなくて、もう「ウワーッ!」って泣いている人もいたりして。『NieR』が人気になっていくと、だんだんコンサートが増えて、World Tourなどでいろんな国でも歌うように、そしてもっと規模も大きい所で歌えるようになっても、みんな泣いてる。どこの国で、どんな場所でも、大きな会場に、鼻水の音とか、ズズ…という音がすごくしていて。だから、ここまで音楽が心に届いたゲームって、すごいですね。
伊藤 本当に、すごいですね。そういう空想上の世界に空想上の言葉を当てて、それが現代の生きている僕たちに届いたときに感情を揺さぶってくる。人が作るものって、やっぱり面白いなと思うんですよね。今、目の前に有るものだけじゃなくて、無いものから何かを生み出して、そしてまた何かを得るっていうプロセスがある。
エヴァンス そうなんです。そうです。その無いものから、なにか、目に見えないなにか、その気持ちだけが残って、それが伝わる。そこから他の人が何か感じられることが、本当に素晴らしいですね。

『NieR: Orchestra Concert re: 12018』(2020, シカゴ)の記念写真

『NieR: Orchestra Concert re: 12018』(2020, ロンドン)
イギリスに住む御両親と家族の前で披露できたコンサート。エミさん自身の夢が叶った瞬間でもあるという。

『人形達ノ記憶』(2017, 台湾)より

『NieR: Orchestra Concert re: 12018』(2020, バンコク)
長女のアメリちゃんと楽屋前で2ショット
<次編:vol.4『 風景を想像し、祈りを込める』>