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INTERVIEW

NO.44

Emi Evans vol.2『幻想の世界に命を吹き込む歌』

INTERVIEW

2022/05/25 00:10

#エミ・エヴァンス
#岡部啓一
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Emi Evans(エミ・エヴァンス)さんは、今日様々な国際的プロジェクトに参加し活躍する音楽家・歌手である。数多くのTVCMのほか、世界的に人気を博するゲーム『NieR』シリーズや『DARK SOULS』、スター・ウォーズ最新作の『Star Wars:Visions』、現在放送中のNHK連続ドラマ『ちむどんどん』など、国内外の多種多様な作品に参加してきた。
今回のインタビューでは、英日ハーフである彼女から、文化・言語・風景などを切り口として、その独創的な表現手法とその制作秘話、歌に込められた想いを聞き、また彼女自身の原体験と未来について語ってもらった。
「録音が終わったら本当に旅から、いい旅から帰ってきたみたいな気持ちになりますね」
――現実と架空の、過去と未来の、ローカルとグローバルのさまざまな世界観を表現してきた彼女のクリエイションを、その半生とともに紐解いていく。

伊藤 freesscape(フリーススケープ)についてもお聞きしたいんですが、まずはユニットの名前について気になりました。その名前の造語の中には、”-scape”という接尾語が入っていますよね。スケープというと、景色のような意を含むようなイメージがありますが、このバンド名にはどのような意図があるんですか?


エヴァンス
 もともとは、“escape”(=脱出)から来ているんです。Escape from freedom、つまり、決められた自由から脱出して、自分の自由を見つけようみたいな意図がありました。それで、Freedom System Escapeと。


伊藤
 Freedom System Escape。


エヴァンス
 そう。Freedom System Escapeという単語が元で、freesscapeになった。だから、”S”が2個あります。でも、そこにはLandscapeの響きも含まれていますね。


伊藤
 心の中の自由な景色のような?


エヴァンス
 そうですね。暗い癒やし系の音楽に、自分たちはそういう意味を込めています。


伊藤
 なるほど。freesscapeとして音楽活動を始めてから、だんだんとゲームの音楽とか、そういう別のメディアとミックスアップして世界観をつくるような音楽作品も増えてくると思うんですが。


エヴァンス
 Yes.


伊藤
 それまではヒロさんとエミさんの2人の音楽をやっていたけど、CMやゲームとなるとまた少し別だったりもしますよね。2人のやっている音楽、世界観を誰か別の人が見つけてくれて、興味をもってもらえて、声がかかるようになったんですか?


エヴァンス
 そう。たとえば、さっきの話の後に、また友達の友達というかたちでAvexのMusic Videoのディレクターの方に出会って、彼らがいくつかのタイアップとして、freesscapeの曲ならこのコマーシャルにぴったりだと押してくれたんです。たしか、ヨコハマタイヤのCMと、メナードの化粧品のCMと、あとゴルフのグッズのCMにfreesscapeの曲が使われました。


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メナードのCM(2008, 日本メナード化粧品株式会社)より
深田恭子さん出演のTVCMにフリーススケープの楽曲が使用されている。

エヴァンス
 JASRACとかの契約もないから、多分使いやすかったという事情もあると思うけど。

伊藤 そうか。インデペンデントで活動していたから。


エヴァンス
 そうです。でも、本当はAvexのディレクターは、会社としてはAvexのアーティストの音楽を優先するはずだけど、いくつかのアーティストの候補の中にポンと、「これもどうですか?」って黙って入れてくれたら…


伊藤
 通ってしまった?(笑)


エヴァンス
 そう(笑)。それが、3回ぐらいあって。あと、きれいなキヤノンのカメラのコマーシャル(『Canon EOS Mark III – COLOR OF HOPE』)でも、こういう風にきれいに映像が撮れますよというビデオにfreesscapeの曲を使ってくれて、それがすごく素敵で好きでした。

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『Canon EOS 5D Mark III Sample Movie - COLOR OF HOPE-』(2012)より


エヴァンス
 それから、だんだんfreesscapeの音楽だけじゃなくて、音と映像の組み合わせも面白いなと考えるようになりました。音を映像に合わせると、より音楽の力、歌の力が強くなり、印象的になることもあると分かったんです。そして、そういうことを意識するようになったところで、ゲームの世界とかでも歌うようになっていきました。


伊藤
 別のメディアと合わせる表現もあると分かったんですね。でも、たとえばゲームとかだと、かなり独特ですよね。ゲームの中に入る曲って、半分はBGMとして聴かれるし、でも、それが作品のテーマ・ソングだったりもする。ゲーム内の世界観や風景、文化の解釈、表現でもあるし。


エヴァンス
 そうですね。だから、プレイヤーは本当に無意識に聴くことが多いと思います。けど、すごく記憶に残るんですよね。


伊藤
 とても不思議で、独特な体験だと思いますね。


エヴァンス
 そう。でも、私が初めてゲームの音楽を歌うようになったときは、ゲームがどんなものかほとんど知らなかったので、それがどう使われるのかも全然意識できなかった。


伊藤
 ゲームをプレイしたこともなかった?


エヴァンス
 そう、全く触れてこなかったから。自分の中ではもう、ピクセルが大きい昔のゲームのイメージのままだった(笑)。


伊藤
 なるほど。その初めてやったゲーム関係の仕事というのは?


エヴァンス
 初めては、『世界樹の迷宮』というゲームでした。これは、友達の友達というかたちで、日比野則彦さん(※)と知り合う機会があり、彼が声をかけてくれたんです。そして、そのゲームのサウンドトラックのアレンジ版を英語で歌いました。父親(※)が詩人だから、英語で詩を書いてくれて。お父さんとはよく一緒に仕事をするんです。

※ 日比野則彦:作曲家, 音楽プロデューサー, サックス演奏者

※ Richard Evans:イギリス, 詩人, エミさんの父親

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『世界樹の迷宮』(2007, 株式会社アトラス)公式HPより


伊藤
 おお、今でもですか?


エヴァンス
 はい、今でもそうです。私は、英語で意味の深い詩を書くのがちょっと苦手で、特に忙しいときはどうしても…。もし、すごく考える時間をもらえたら、インスピレーションがあったときに良いのが出ますけど、それにはすごく時間がかかります。締め切りがあると、どうしてもインスピレーションが来ないときに詰まる。だから、そういうときは父親に「お願いします。」と頼んで、彼がいろいろアイデアを出してくれたり、曲の詩を全て書き下ろしてくれることもあります。

伊藤 お父さんは、エミさんの表現したいことを理解してくれているんですか?


エヴァンス
 すごく理解してくれていると思います。


伊藤
 それは本当に心強いですね。世界観が共有できているというか。


エヴァンス
 そう。めちゃめちゃ心強いです(笑)。たとえば、コンポーザーが日本語で「こういう風に書いてほしい」と、曲のコンセプトを全部日本語で書いてきますが、私はそれを母に渡します。すると、母は通訳者だから、きれいな英語にして、私と父さんがすごい分かりやすいようにしてくれるので、それで一緒に創作をします。


伊藤
 すごい。完全にファミリービジネスですね。


エヴァンス
 本当にそんな感じ(笑)。だから、嬉しいですね。

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詩人であるRichard Evansさん(父)と通訳者であるKyoko Evansさん(母, 京子さん)


エヴァンス 『世界樹の迷宮』は、シリーズの1と2のアルバムで歌っていて、それが初めてゲームの世界で声が流れた作品です。でも、そのとき、「これは世界中に流れる曲だから、インターネットで酷いことを言われたりして、すごい傷つくんじゃないか。」と、すごく不安でした。


伊藤
 わかります。とても怖いですよね。


エヴァンス
 だから、そのときは自分の名前を全部は出さないで、ミドルネームを使って、Rebecca Evansとして出しました。それで、リリースの後にちょっとだけ覗いてみようと、「Rebecca Evans 世界樹の迷宮」と検索して調べたら、誰もひどいことを書いてなかったんです。むしろ良いことがたくさん書かれていたから、本当に嬉しかった(笑)。


伊藤
 よかった(笑)。


エヴァンス
 よかった(笑)。だから、「もしかして大丈夫かな?」と。それで、次のプロジェクトからは、すべて自分のファーストネームのEmi Evansでやろうと決めました。そして、そのすぐ後に、たまたま友達の友達という流れで『NieR』のコンポーザーの岡部さんと知り合いました。そのときはたしか、なにかのパーティーに行って、そこで音楽を流していたDJと会話をしたんです。そのDJの流している音楽がすごく良かったのと、そのTrip Hopっぽい音楽がfreesscapeの雰囲気とも少し似ていると思って。だから、DJに挨拶をしに行ったんですね。


伊藤
 何の曲を流しているのかを聴きに?


エヴァンス
 いや、そのとき、たまたま自分のfreesscapeのCDを持っていたんですよ。1stアルバムと2ndアルバムを持っていたから、「是非これを聴いてください。良かったら流してください」と言って渡したんです。そのとき渡したアルバムは、まだ半分手作りの状態のものだったから、私の携帯電話の番号を書いていて。そして、その何か月後かに、そのDJのさらに別の友達から電話がかかってきて、彼女が岡部さん(※)のsecretary(=秘書)でした。
※ 岡部啓一, 作曲家, MONACA代表


伊藤
 おお。


エヴァンス
 彼女が「オカベさんというコンポーザーがいて、いまNative English Singer(意:英語で唄える人)を探しています。是非紹介してもいいですか?」と連絡をくれたんです。それで、彼女から岡部さんに、freesscapeのアルバムを聴いてもらったんだけど、そのときは岡部さんから「やっぱり違うかな」と。


伊藤
 じゃあ、そのとき、すぐに仕事を御一緒したわけじゃないんですね。


エヴァンス
 そうなんです。そのときは、『Dance Dance Revolution』(1998, コナミ, 後のコナミアミューズメント)というゲームの音楽で使う楽曲のための人が求められていて、もっとノリノリの感じでした(笑)。でも、岡部さんが「エミは今回ちょっと違うけど、声が好きだからまた別のプロジェクトがあれば協働したい」と、ずっと覚えていてくれて。それで、その半年後ぐらいに、また秘書さんから電話がかかってきたんです。「岡部さんが今、エミさんにぴったりのプロジェクトがあると言っていますが、ちょっとお話を聞きに来ませんか?」と。それで、そのときに初めて岡部さんに直接お会いして、そのプロジェクトが『NieR』(ニーア)の音楽だったんですね。


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『NieR Art 幸田和磨アート集』(2021, スクウェア・エニックス)表紙より

さまざまな文化の痕跡が残りつつも退廃した未来の世界で、旅と冒険が繰り広げられるRPG


伊藤
 それが、『NieR』のシリーズのファースト・コンタクトだったんですね。最初の作品の『NieR Replicant』(ニーア・レプリカント, 2010, スクウェア・エニックス)は何年ぐらいにリリースされましたっけ。

エヴァンス
 私が28歳のときで、10周年のコンサートが2年前でしたから12年前、2010年頃と思います。録音を始めたのは、そのリリースの1年前ぐらいでした。


伊藤
 紹介されたときは、どういう風に依頼が来たんですか? 岡部さんからアイデアがあると連絡があったわけですが、どういうプロジェクトなのか、世界観の説明とかはありましたか?


エヴァンス
 全然、そのときは何もなくて(笑)。ただエミの声は合うんじゃないかと。あと、「英語じゃなくて、ちょっと不思議な言葉で歌えますか?」とだけ聞かれました。そこで、それまでとは全く違うと思いました。つくられた言葉で歌うということは、それまで全くなかったので。


伊藤
 その作り方も、その時のプロジェクトで初めての体験だったんですね。


エヴァンス
 そう。ただ、その前に、ホテルラウンジで歌えるように、いろんな国の言葉と音楽に挑戦していたから、その楽しさとか面白さは、もう分かっていました。また、岡部さんとディレクターの横尾太郎さん(※)から、「ゲーム内のほとんど全部の曲にボーカルを入れたいと考えている。でも、英語じゃなくて、いろんな種類の世界観をつくりたいから、いろんな異なる感じの、宇宙語みたいな言葉、どこの国にもない言葉を作って歌ってください。」と言われました。

※ 横尾太郎:YOKO TARO, ゲームクリエイター, 漫画原作者


伊藤
 なるほど。


エヴァンス
 それは、本当にやったことがないことだったけど、すごい面白そうだったからやってみようと思ったんです。そういう流れで一番はじめに録音したのが、『イニシエノウタ』です。


伊藤
 『イニシエノウタ』は、シリーズを通して、代表的な曲ですね。


エヴァンス
 でも、そのときはどんなプロセスで、どういう作品になっていくのか本当によく分からなくて。だから、とにかく自分の中で今まで聞いてきた、いろんな国の言葉を全部マッシュして歌詞を作ったんです。英語、フランス語、ポルトガル語、そして、ちょっとスペイン語、ドイツ語の音も取り入れました。あと、同じUKでも英語とは違うウェールズ語の音もちょっと入れて。


伊藤
 ウェールズ。エミさんはウェールズとも関係が?


エヴァンス
 私はイギリスだから、直接ウェールズに住んだりしたことはないですけど、ひいおじいちゃんにウェールズの血筋が入っていると聞いています。だから、少しは関係があると言えるかもしれません。あと、ウェールズとイングランドはUKで隣同士なのに全然違う言葉を話せるのが、いつも凄い面白いと思っていて、しかも英語と全然違う音だから、ずっと興味を持っていたんです。それで、ちょっとウェールズ語の音も入れてみようと考えました。だから、『イニシエノウタ』は結局、全部マッシュされた歌詞なんです。あと、それにプラスして、ネットで検索して勉強した他の言語の音も入ってますね。


伊藤
 いろんな言語の音の体系が混ざっている。

エヴァンス はい。それで『イニシエノウタ』の歌詞が出来上がりました。でも、その後にも、いっぱい、いろんな曲を書かないといけないことに気付いたんです。そのやり方だけだと、いろんな響きの曲を作るのが、すごく難しいと…。


伊藤
 たしかに、混ぜた言語で、いろんなパターンの違いを作るのは困難ですね。


エヴァンス
 そう。そうなんです。結局、さっきの作り方だと全部同じように聞こえてしまう。ただ、いろんな言葉のマッシュだけになってしまって、多様な世界観をつくることが難しいと気付きました。だから、岡部さんに話して、そうしたら岡部さんのくれたアイデアが「本当にある言語を基にして不思議な言葉を作ってみましょうか」ということでした。


伊藤
 全部を混ぜて、無理して一つの言語にしなくても、本当に存在する言語を1つベースにして、ちょっとそれを変える、アレンジするというか。


エヴァンス
 そうです。その響きを取ってくる感じですね。たとえば、『おばあちゃん』という曲がありますけど、それはフランス語を基にしています。あと、『カイネ』はゲール語を基にしていますね。岡部さんと話してから、いろんな言葉を検索して、その言葉の歌をずっと聴いて、その中で目立っている音を捕まえていきました。Pronunciation Lessons(=発音練習)なども調べて、なるべく近い音の響きから組み合わせて、詩を作りました。


伊藤
 なるほど。それで、ああいう、世界中を旅している感じがするように…。


エヴァンス
 そうなの。

伊藤 少し『NieR』の話にも触れますけど、たしか千年後とかの世界が舞台ですよね。


エヴァンス
 そうです。遠い未来だから、言語がだんだん変わっていった世界。それは、こういう風になるかもしれない、というイメージ。


伊藤
 想像上の風景ですよね。そして、その中には、過去にいろんな民俗や文化、言語があったんだという雰囲気が、世界観として作られている。そうしたものを作り上げるには、本当に音楽の果たす役割が大きいと思うんですが、それは、まさにそういう作り方によるものだったんですね。

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北平原(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』コンセプトアート(スクエア・エニックス)より)

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ロボット山(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』コンセプトアート(スクエア・エニックス)より)

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砂の神殿(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』コンセプトアート(スクエア・エニックス)より)

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東京(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』コンセプトアート(スクエア・エニックス)より)

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崖の村(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』画面写真(スクエア・エニックス)より)

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砂の神殿(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』画面写真(スクエア・エニックス)より)

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庭園(『NieR Replicant ver.1.22474487139…』画面写真(スクエア・エニックス)より)



<次編:vol.3『言語に宿る精神と感情』>

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