東京大学名誉教授・篠原修(景観工学・設計計画思想史)が手に取った本の内容を、本人の語り口で紹介する書棚のぞき見企画。
GSデザイン会議のメールニュースで配信された約200本に及ぶ記事から編集部でピックアップして掲載します。
今回は第二回を掲載。
嵐山光三郎氏、田中善信氏、金子兜太氏の著書三本。
俳句と、俳人という生き方のすゝめ。
2013年6月28日 篠原修
今回は俳句の本。
芭蕉や奥の細道に関する本は、それこそ掃いて捨てる程ありますが、割と最近に読んだ本から3冊。
嵐山光三郎という男はテレビなどにも出ていて、何やら何が専門なのか分からず、まあタレントかと思い気にも留めていなかったのですが、ある日本屋で失敗しても大した金でもなしと「文人悪食」という本を購入。これが凄かった。漱石を始めとする名だたる作家、文人の食生活を調べ上げ、何を食っていたか、何が好物だったのかを詳細に書いているのです。 文章からでは伺えない文人の性癖が分かって、一読を勧める次第。
今回の紹介はその嵐山の『芭蕉紀行』。
筆者紹介によると嵐山は、一年の内八ヶ月は旅行をしているのだそうで、この「芭蕉紀行」はその面目躍如。
芭蕉を伊賀上野から追って、奥の細道に至るまで足で歩いた芭蕉論になっているのです。
本当に歩いたとは凄い。でもサラリーマンにとっては羨ましい。

嵐山光三郎『芭蕉紀行』 新潮文庫, 2004
田中善信の『芭蕉』は正統派の好著。
著書をみると芭蕉について随分書いています。俳句だけではなく、丹念に芭蕉の生涯を追って(出世欲や弟子との関係、家庭生活など)、生活者芭蕉の心理を推察しつつ論を展開。読後感に「文章が上手い、簡潔的確」と書き入れてありました。これは読まないと損という本でしょう。

田中善信著『芭蕉 「かるみ」の境地へ』 中公新書, 2010
3冊目は芭蕉が嫌いで、一茶信奉者の金子兜太。
言わずとしれた著名な俳人。本は『荒凡夫 一茶』。
1919年生れだから、もう何才でしょうか。東大経済を出て、日銀入行。トラック島からの引き揚げ。中年になってサラリーマン生活に疑問を感じ、故郷の秩父に住み着く。
「土」の生活に人間本来の面目をとりもどす。彼のキーワードは「生き物感覚」。
彼によれば人間は人間だけがもつ世間の欲(性欲、自己顕示欲、金銭欲など)と生命体がもつ救いにつながる「美しい本能」の間に揺れ動く存在であって、生活の「定住」と漂泊の「原郷」との戦いだとも言うのです。
ちょっと割り切り過ぎの感もありますが、しみじみと考えさせられる本でした。年のせいかと言う声。

金子兜太『荒凡夫 一茶』 白水社, 2012
<次編:篠原修の「面白かった本」その3>