新津保建秀さんは、現在数あるメディアや媒体の多くで活躍する、第一線を駆け抜けるカメラマンである。国内外のさまざまな場所で写真撮影を手掛け、その対象はあらゆる著名人・文化人のポートレートから、巨大な展示物としての風景・建築写真などまで広範に渡る。
今回のインタビューでは、新津保さんの近年のプロジェクトを皮切りに、過去の原体験や人々との出逢い、ご自身の中で深めてきたテーマについて聞き、その創作に込められた思想や、写真表現の身体性・時代性・倫理の問題などまで広く深く語ってもらった。
彼はこれまでどんな経験をして、誰と出会い、そしていま何にレンズを向けるのか。
――ファインダーの奥にのぞく情熱の眼光に迫る。
伊藤 新津保さんは、今後どういうところに住みたいとか、そういうイメージはありますか。ちょっと東京を出て、どこかに引っ越したいとか。
新津保 ウクライナの報道を見て、日本が戦争になったら恐ろしいなと思いました。攻撃対象になる所は大都市なので、そういうものに全く引っ掛からないような所に住むのがこれから良いのかなとか、本気で思いましたけどね。
崎谷 東京はそういう意味じゃリスキーですよね。
伊藤 東京だと、比較的に近いところに米軍基地もありますからね。
新津保 そうしたら福生とか横須賀とかあるから、この辺りは心配ですよよね。どこがいいのか。。
伊藤 そうですね。とはいえ、都市部以外でも、今までいろんな集落とか、それこそ山も海も行かれてると思いますけど、ここが自分に馴染むとか、余生をこういう所で過ごしてみたいなとか、そういう場所はありますか?
新津保 長野は好きですけどね。妻の出身が長野だから、家族でよく行くんですよ。
伊藤 奥さんのご実家ですか?
新津保 そうです。
伊藤 では、新津保さんご自身の故郷に帰りたいとか、そこで過ごして骨を埋めたいという感じは?
新津保 いまはそうした感じはないですね。
伊藤 長野の方が、何となくしっくりくる感じですか。
新津保 そうですね。ただ、ものすごい好きな所があるかっていうと、今はそうでもないのかもしれない。
崎谷 土地への執着というか、そういうものがない?
新津保 それがないのですよ。今、住んでる土地も、家族の日常生活と、仕事の両立に便利な環境であるということで決めた気もします。
崎谷 便宜上のね。それはそれでいいと思うんですよね。生きるって、そういうところがあると思うし。
伊藤 そうですね。それにこれから、家というか、人の住居もどんどん一時的なものになっていくんだろうなと思いますよ。
新津保 そうなんですか?
伊藤 はい。というのは、技術と仕組みが整備されてきていて、今後は不動産を売るっていうことを、不動産会社を通さなくてもできるようになっていくんだと思います。最近僕の世代でも奔走している友人らがいますし。それに、今もうすでに、みんな投資で買ったりするようになりましたし、数年だけ住んで綺麗にしとけば良いという人もすごい増えてきていますしね。
新津保 ああ、そうか。メタバースの中にも土地があるんでしょう?
伊藤 そうらしいですね。Googleの検索アルゴリズムも土地ですからね。みんなが見る所は高い。
新津保 そうだよねえ。
伊藤 昔は生家があれば、それは生涯を通じた実家として、生まれて死ぬまで魂の所在の一つとして在ったのが、土地の売買が加速して、どんどん人と場所の関わり方も変わってきたと思います。それ自体は止められるものでもないし、良い悪いの話でもないのですけど。
崎谷 カール・ポランニー(※)の資本大転換みたいなね。要するに、土地を切り売りし始めたところから、人が土地から離れ始めるっていう話ですよね。それを資本主義のところに組み込んだっていうところが、大きく見ると、資本主義の崩壊の一歩だったよね、と。でも、それがないと、こういう都心はできないわけでしょう。
※ カール・ポランニー:オーストリア, 経済学者
新津保 ああ、なるほど。
伊藤 ただし当然ですが、町は昔みたいには自然には維持できないわけです。かつて、あるコミュニティーがずっと持っていた土着の文化――内側に向けてやっていたものが、流通社会に組み込まれると、名産品になって外に出ていくという流れがありました。それは、町のタームが転換する瞬間でもあった。それと同様で、土地の売買を通じて、人が入って出てが増えれば、また今までとは変わってくるだろうなと思います。
新津保 変わってくるんでしょうね。地域のお祭りとかも維持できなくなっちゃうところがあるみたいだし。
伊藤 建築や土木の業界は、物質的に町や建物を作る側なので、「自分は何を残したいのか、何を伝えたいのか」という問いに直面することになるんですよ。衰退しているところは言わずもがなですが、どんなに賑わっている場所でも「何を残すことを目指して作るんだろう」と。どんどん回転していっちゃうから。そういうものを新津保さんは、また独特な感覚で切り取っていくんだろうなと思います。ですから、先ほど仰ってた、10年でいろいろ撮りためてきたものが、その時々のシチュエーションで色々写り込んでいるというのは見てみたいですね。この10年で起きたことに対する、新津保さんの切り取り方といいますか。
新津保 そうですか。それはありがとうございます。

《「監視中 映像を監視・録画しています」「フェンス ・カメラ等の撮影はしないでください」》
(2013)ミクストメディア ©新津保建秀

《サウンドスケーププロジェクト_葉山》(2006-2016) ©新津保建秀

《国分寺崖線》(2021) ©新津保建秀

《国分寺跡》(2021) ©新津保建秀

《澁澤家の方へ_北鎌倉》 (2013-2015) ©新津保建秀

《あきる野》(2015) ©新津保建秀
伊藤 それに、僕、新津保さんがFacebookにたまに上げるご家族の写真もすごい好きです。たしか、ご息女が小学校を卒業されたときかな。そのときの写真をSNSであげられていたのを見ました。もちろん出版するってなると難しいと思うんですけど、そうしたプライベートの一瞬を切り取ったものが、すごくきれいな写真で感動したというか、もうこれは立派な作品だと感じました。
新津保 ありがとうございます。娘のですね。いまは中2になって、かつてほど写真を撮らせてくれないです。
崎谷 厳しいですね…(笑)。

©新津保建秀

©新津保建秀
新津保 ところで、これの文字起こしは、やってくれる人がいるんですか。
伊藤 さすがに文字起こしまでは業者に頼みます。編集は我々がやりますが。
新津保 そうか。いや、こんな徒然なるままに話してしまったなと。
伊藤 いや、いいんです。こうした記事を面白がってくれる人は結構いて、それを又聞きしたりもしています。もちろん、はじめる前に僕らもいろいろ頭を悩ませたのですが、やってみると、思いのほか評判が良いところもあって。『土景』を開始する前に色々な人と話していたのですが、多分いろんなメディアに対して不満があるんだろうなということはありました。というのも、多くの記事が整理され過ぎていて、もう質疑と応答がセットで記事になっている。それだけパッケージされた内容しか出てこない。それはそれで良いとも思うんですけど、「そればかりだとつまらないよね」という話を、ずっとしていたんです。もっと対話というか、セッションというかね。
新津保 なるほど。
伊藤 ニッチな分野だと、そうじゃない記事があったんですよ。たとえば、若い頃の宮崎駿さん(※)の記事とかでは、結構だらだらしゃべってるんですよ。過激なことも言ったりしてるんですけど…、どこに話が落ちていくのかよく分からない中に、面白いことがちりばめられていて。
※ 宮崎駿:映画監督, アニメーター, 漫画家, スタジオジブリ取締役
新津保 たしかに、そうだったかもしれない。
伊藤 僕たちが扱いたいのは、風景という大きな概念で、誰でも関わっていけるものだと思っています。風景を嫌いな人って少ないというか。そういうものに対して、いろんな職種のプロの人にだらだら話してもらうというのを、一つの方法として実験しているんです。
新津保 でも、こんなだらだら喋ったものをまとめるのは大変そうですね(笑)。
伊藤 それも皆さんに言っていただきますけど…(笑)。こちらは大丈夫ですよ。多少わかりやすくするための順序変更などはしますけど、話した内容は基本そのまま文章にします。意味が変わるような変更は、原則しない方針です。ただ、校閲をお願いすることになると思うんですけど、新津保さんにあまり負担が行かないように・・・。
新津保 いや、意外と、まとめるところで、もう一回言ってることを再認識するようなことがあるから良いですよ。
崎谷 この録音を生で出せたら良いねという話もしているんですけどね。
新津保 でも、『ロッキン・オン・ジャパン』の小山田さんのことがありましたからね。
崎谷 小山田圭吾さん?
新津保 そう。あの雑誌、何回も撮影したことがあるんだけど、ミュージシャンのインタビューはやんちゃ自慢みたいなものも多かった気がします。
崎谷 ロックがテーマですからね。
新津保 今は違うんだろうね。今の時代は正しさが求められるからね。
伊藤 コンプライアンスで表には出てこないでしょうね、そういう荒くれ者というかね。いや、しかし、もう2時間も話してもらってますね。そろそろお時間のこともあると思いますので。
新津保 そうだね。大丈夫かな?
崎谷 取れ高は十分ですよ(笑)。
新津保 それなら良かった。
伊藤 すいません、長々と。じゃあそろそろ。
新津保 久しぶりにお会いできて楽しかったです。
崎谷 熱烈オファーだったんだよね。
伊藤 そうなんです。「新津保さんには絶対に聞きに行きましょう」とずっと言ってまして。
新津保 そうですか。いや、ありがとうございます。崎谷さんとは、最近すごいよく会ってるもんね。
崎谷 今は仕事でもご一緒させてもらってるんで。
伊藤 「忙しいピークタイムがきているから、1カ月ずらしてくれ」って言われてたんですよ。
崎谷 俺が「いま新津保さんとゆっくり話せるか分からない。新津保さんもそういう気持ちじゃないかもしれないし、俺はそんな気持ちになれないかも」みたいなのをね。今、仕事のパートナーとしてやってるから。
新津保 今度みんなで四国村に行こうよ。
伊藤 行きたいですよ。是非ですね。
崎谷 それはいいよ、本当に。
新津保 それでは、ありがとうございました。
伊藤&崎谷 ありがとうございました。

©新津保建秀

四国村の写真 ©新津保建秀
(了)