丹羽隆志さん(TAKASHI NIWA ARCHITECTS代表)は、日本を離れ、ベトナムを拠点として設計活動をおこなっている国際的な建築家である。今回のレビューでは、丹羽さんにご自身の設計活動について語ってもらい、そこからベトナムの社会状況や環境、その土地に宿る魅力と問題、それらに相対する考えをお聞きした。そこから見えてくるのは、まさに現在進行形で変貌の局面にあるベトナムという国の風景と、一人の建築家との闘いの履歴である。
橋の俯瞰図
いま橋の設計にも取り組んでいます。このデザインはホーチミン市の中心部で提案した歩道橋のコンペのプロポーザルで優勝したものです。8社が参加する国際コンペだったのですが、長大という日本の橋を作っている会社と組んで提案をしました。僕たちはコンセプトと意匠デザインを担当しました。このコンペでは要綱の中でシンボル性が非常に強く求められていました。ホーチミン市の主要な産業の一つに観光があって、ホーチミン市は街の新しいシンボルを求めていたわけです。さらに僕たちはこの観光名所としてのシンボルというニーズだけではなく、この橋のデザインを通してホーチミン市の未来にメッセージを伝えたい、かつホーチミン市ならではの意味のあるかたちをシンボルとして据えたいという考えでデザインを進めていきました。
着目したのがこの写真でみられるような水辺のヤシの風景です。この植物はニッパヤシ、英語ではウォーターココナッツといいます。
ニッパヤシの林
水面とニッパヤシ
このヤシの木は非常に便利で、建材としてひろく使われていました。とくに屋根を葺く材料としてです。また、そこから採れる果実は果物として食されていますし、お酒の原料にもなります。だから非常に生活に近く、かつてベトナム南部の人々の生活の脇にたくさん植えられていたものでした。ただ建材の近代化に伴って使用量が減り、この風景は消えつつあります。そこでこの大事な風景を、他の熱帯都市とは異なるホーチミン市の起源を語る一つの記憶として残していきたいと考えました。
橋のかたちのコンセプト
この植物の葉のかたちを意識しながらデザインを進めました。そして名前を「ラ・サイゴン」、ベトナム語で「サイゴンの葉」と名付けて提案しました。ただ、それが形態的モチーフとしての葉のかたちというだけでなく、夜は街の中に灯る大きなスクリーンとして、上空からはGoogleMapなどで見たときにもその形…
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