世界中を旅する歌手、松田美緒さん。これまでに様々な文化圏の民族と交流し、また現地の音楽家たちと楽曲を製作してきた。その歴史的、民族的、考古的とも言える感性と創造性はどこから生まれてきたのか。そして、どこへ向かっているのか。彼女の見てきた風景を通して、その源泉と未来について語り合う。
2021年12月1日の昼下がり。東京都文京区のイタリア料理店にて。
松田美緒さん ©赤阪友昭
松田 窓から見える楠が良いですね。
崎谷 いまは(この店は)イタリアンですけど、その前はフレンチだったんですよ。さらにもっと前は、この楠を名前に冠した、また別のレストランで、司馬遼太郎さんとかも通われたそうですよ。そこから何度かお店がかわって、今のイタリアンになったんです。ここのお店は我々が麹中カフェを始めたときとほとんど同時に始まっていて、うちが五年前の10月に始まって、ここがたしか12月で。
松田 良いですね。ちなみに、シェフはどちらで?
シェフ トスカーナのフィレンツェ、エノテカ・ピンキオーリというところに。
松田 良いなぁ。わたしはイタリアに住みたかったんですよ。中学生の頃の自分は、大人になったらイタリアで考古学をやるはずだったんです(笑)。
崎谷 ほう。
松田 今でもイタリアに住む夢は諦めてないですよ。
崎谷 考古学者も?
松田 さすがに考古学は…もういいかな(笑)。でも、歌の発掘ということで。
崎谷 歌の発掘、また上手いことを仰る(笑)。
松田 (笑)。
崎谷 でも、素晴らしい活動ですよね。誰かがやらないと無くなっちゃうようなことだと思うんです。ちなみに、歌には文化財っていうような扱いはあるんですか?文化庁から認定される無形文化財のような。
松田 ええ、ありますよ。たとえば、『レモン林』っていう曲は東京都の無形文化財ですよ。
崎谷 レモン林?
松田 知らないですか?『クレオール・ニッポン』にも入れた曲なんですけど、日本統治の時代に南洋の方の女性がつくった『レモングラス』という歌が、『レモン林』という名前になってパラオやサイパンから小笠原諸島父島まで伝わったんです。
シェフ お飲み物をお伺いしにきたのですが、いかがでしょう。
崎谷 グラスワインなど、飲まれますか?
松田 私、これからウルグアイ大使館に行くんですよ(笑)。
崎谷 そっか、じゃあ、あまり飲まれない方が良いですね…
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